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巨大な犬 英霊の願い を背負う少年期回想記 |
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まことはテレビの「白馬童子」がとても好きだった。二刀流の大小二本の刀が欲しくて、小屋から重いナタを引っ張り出してきては、まだおぼつかない手で、何日もかけて木刀を削った。時々手元が狂って左手の指をナタの刃先で強く叩いてしまい、裏庭に鮮血が飛び散った。 そんな苦心さんたんの末に、どうにか手作りの二本の木刀が出来上がった。
まことは小学三年生の時、長女の信子から新聞配達のアルバイトを引き継いだ。その日から、雨の日も風の日も毎日黙々と配り続けることになった。頭を使わないことを何度も繰り返す事は得意だったが、無意味な暗記ものの勉強は嫌いだった。新聞配達のお金で買った模型(プラモデル)を作り始めると、もう熱中して止まらなかった。「まことー、ご飯よー!」次女のかつえがいくら呼んでももはや無駄だった。 棚 田 父の正喜は実は、昔、汽車の事故で片足を失い、義足をつけていて足が悪かった。 毎日、杖も使わずに汽車で一時間半かけて通勤し、鉄工所の旋盤工の立ち仕事をしていた。 末っ子のまことは、無理して歩くそんな父の「超人的な我慢強さ」と 母のここぞというときに閃く「鋭い直感力」の両方を兼ね備えていた。 じっと耐え続ける粘り強さもあったが、(駄目だ…)と判るとあっさりと、 いとも簡単にあきらめて、新しい次のものに向かう不思議な二面性があった。
父の正喜は仕事で疲れていたが、ゼンから田んぼの手伝いに山まで来るように頼まれていた。 「まさきー、今日手伝いに来んねー」「ああ…ほんなら子供達を連れて後から来るたい」と約束した。 正喜は義足を「ギシギシッ」ときしませながら、遠い山へ向かう道のりを杖もつかずに歩いた。 まこと達は、足が悪くて歩みが遅い父に負担をかけないようにと、わざとゆっくり歩いていた。 見通しの悪い「踏切の前」までくると、正喜は急に立ち止まったまま動かなくなった。 …かつて父は、見通しの悪い博多の踏切で、汽車の事故にあって足を切断していた。 あの恐ろしい事故の時の記憶が、一瞬にして走馬灯のように脳裏によみがえった。 足が凍りついてしばらく立ち止まった。短い踏切を渡れなかった。ふと気がつくと 踏み切りの向こう側で、振り返って心配そうに見ている子供たちに気がついた。 正喜は、ハッと我を取り戻した。急いで左右を見渡して安全を確認して急ぎ足で渡った。 「さあ、行きなさい… 行きなさい」子供たちを手で払うようなしぐさをした。 申し訳なさそうにつぶやいた父に促されて、まこと達はまた歩きだした。
お寺の横の山道に入った。大きな岩がゴロゴロある渓谷の急斜面になった。 まこと達は、岩の上をよじ登り、ピョンピョンと身軽に登っていった。 だが、父は、義足がすべってなかなか早く登れなくなった。 先に上がって待っているまことたちを見ると、先に行くようにうながした。 父は、少しずつ休みながら後から登っていった。 「父ちゃん、遅いね…」「うん…」 二人はしばらく岩の上で父を待った。 やがて、父の手が岩の下から手探りするのが見えた。「あ、やっと来た…」 だが、足がかりが悪いのか、足をかけてはい登ろうとするが中々上がれなかった。 難儀している様子を子供たちが心配そうにじっと見ているのに気がついた。 「こら!!お前たちゃ、早よう先に行かんか!」「あっ」 二人は、突然の大声に驚いて、逃げ去るようにかけ登っていった。 まこと達は、本当は…父と一緒にいろんな話をしながら山を登りたかった。 だが、いつも大きな岩の前に来ると、「先に行きなさい!」と言った。 急に、怖い顔をして大声で追っ払われるのが悲しかった。
「お前たちゃ、まーだ起きとるのか…早う寝ろ!」「…」いきなり大声で叱りつけるのだった。 まことは一瞬、なぜ父が帰った時に起きていると怒られるのか判らずに、びっくりして固まった。 (…僕、ただ父ちゃんにお帰りを言いたかっただけなのに、何であんなに怒るのだろう…?) まことは父とのふれあいを一番欲しがっていた年齢に、正喜は義足に引け目を感じていた。 飛びついて近寄ってくる息子たちに対して、硬い義足がぶつからないかと危険を感じた。 あどけない手で、硬い義足を触られて人間の血の通っていないことを気づかれることに 不安を感じた。父の正喜は子供たちと体ごとぶつかって、相撲をしたり、じゃれあったり、 ふざけて触れ合うような「父親のスキンシップ」というものをうまく伝えられなかった。
奇 跡 まことは小学四年生になった。 いつも十点ぐらいしか取れないまことが、突然、百点の国語のテストの答案用紙を貰ってきた。 ゼンは知恵遅れになった筈のまことが、百点満点を取ったことが一瞬信じられなかった。 (何かの間違いではないか…?)とメガネをかけて名前を確認したが、 紛れも無く、孫の「今井 信(まこと)」という名前があった。 ゼンは胸の奥からじわーと喜びが湧いて来た。「バンザイ!バンザーイ!」両手を上げて喜ぶ祖母の姿を見て、まことは嬉しかった。だがこの時のゼンの異常な喜びの本当の理由がまだ理解できず、不思議な思いで見上げているだけであった。 その日の夕方、ゼンは久々に赤飯を炊いて祝った。 答案用紙を神棚にあげ、仏壇にも赤飯を捧げて念入りに拝んでいた。 まことは出来不出来の偏りが激しい孫だった。 いつもみんなから取り残されてしまう不憫な孫だったが、 時々発揮する驚異的な能力をゼンは不思議に思い、密かに心に留めた。 しばらくしてゼンは、百点の答案用紙を自分のタンスの中に大事にしまった。 その引き出しの中には、何故か「二見が浦」を背にして写った、 糸島の一帯から集まった若き出征前の日本兵たちの記念写真が入っていた。 戦死した叔父の芳喜おじさんの誇らしげな姿もその中にあった。 妄 想 ある日、のりおは弟のまことを自転車の荷台に乗せて山の田んぼに向かっていた。 曲がりくねった上り坂の山道をしばらく自転車を押しながら登っていった。 ようやく平坦な道に差し掛かった。 「よし!まこと、後に乗れ!」 勢い良くペダルをこぎだして、みるみるスピードが上がった。 まことは冷んやりとした木陰の道の心地良い風を感じていた。 その途端、はしゃいでバタつかせたまことの足が突然、車輪の中に巻き込まれた。 「痛い!痛い!止めてー!」 急にペダルが重くなったので (変だな)と思っていたが、大声で叫ぶ弟の声に驚いてのりおは慌ててブレーキをかけた。
まことの足は、みるみる紫色に腫れ上がり鮮血が吹き出してきた。 激痛で泣きじゃくるまことに「泣くな、男だろー!」と弟を叱った。 だが傷口から流れる血が止まらず足からポタポタと滴り落ちた。 (うーん…困った…血を止めなきゃ…) しばらく傷口を見ながら考えた。 キョロキョロして、止血する包帯の代わりになるものを探してみたが何も無かった。 「くそー!」のりおは仕方なく買ったばかりの新品のジャンパーを脱いだ。 裏地シルクの布を「ビリビリ」と引き裂いては、まことの足に巻いて何度も手当した。 その裏地の絹地の布の裂ける音が、稲妻の音のように山に響いた。 やがてまことはのりおに背負われて登って来た。母のチカは心配そうにそのいきさつを聞いた。 チカは棚田の一番上の最も見晴らしの良い場所にまことを連れて行くようにと促した。 のりおは見晴らしのいい丘の上にくると、むしろを敷いて怪我した弟をそこに降ろした。 「おーい、ここに座ってろ、な」「うん…」 のりおは母の手伝いに戻っていった。 稲作の仕事に忙しく働く母とのりおの姿が小さく見えた。 まことは、しばらくは見降ろしながら一人でぼんやりと過ごした。 母の脱穀機のペダルを踏む音が絶え間なく聞こえていた。 まことは、すぐそばにピョンピョンと跳ねてやってきた土蛙たちを見つけると、 しばらくは飽きもせずにいつまでもその元気な様子をうらやましく見ていた。 やがてまことは、暖かい日差しを浴びながら一人でとりとめのない空想にふけっていた。 ( … 大男の登る階段の棚田、草の絨毯、天からのひばりのさえずり、 巨大な牛のような山、綿菓子の雲 … ) そんな大自然の風景を見ながら、何故か不思議な妄想が次々に浮かんでくるのだった。 山の時間は瞬く間に過ぎていった。 やがて陽が傾きカラスが鳴きながら帰っていく。 まことの心には何故か空虚なやるせない思いが漂って仕方が無かった。 夜明け前 まことは六年生になった。 だが学校の授業に全くついていけなくなり、どんなに努力しても、機敏な動作が出来なくなった。 精神も肉体も何一つ自分の思うようにならないもどかしさを感じるのだった。 ただ、新聞配達だけは、自分の優先すべき大切な義務のように黙々と毎日続けていった。 いつも朝五時になると、母の起こす声が下から聞こえると目覚めて起き出した。 洋服を着て支度を終えて、眠い目をこすりながら階段を降りて行くと、 もう父も起きていて、台所のテーブルで朝食を食べて出かける用意をしていた。 「お早うー」 「おっ、おはようー」 「配達に行ってきまーす」 まことは眠そうに言いながら、そのまままだ暗い夜明け前の外の道に出ていった。 冬の季節は、川と道の境がわからないほど真っ暗であった。 暗闇に目をこらしながら、一軒一軒の家の戸のすき間に新聞を差し込んで配っていった。 納骨堂の前の道を通るとき、忠霊塔が後ろに見え、まことを見下ろしていた。 誰かに見られている霊気を感じた。 納骨堂の前の階段を通り過ぎようとする時、 いつも背中に何かがすがりついて来るような気配を感じた。 まことは怖くなるとゾクッと身震いをしながら一目散に走って通りすぎた。 この村の家々には戦死した遺影が壁に掛けてある家が多く、玄関からそれが見えた。 まことは、配達に来た自分を悲しそうに見下ろす遺影の不気味な気配を感じた。 怖いので、その遺影の目を見ないようにして、玄関から新聞を座敷の畳にポンと投げこんだ。 クルリと背を向けたその瞬間だった。 遺影から抜け出して肩にすがりついてくる軍服を着た英霊の気配を感じた。 背中が「ゾクゾクッ」とすると、もう恐ろしさで後ろを見る勇気はなかった、 忌まわしいイメージを必死に打ち消しながら、早足で逃げるしかなかった。 後も見ないで肩を大きく振って霊をふり切るようにして 急いで次の家にがむしゃらに向かって走っていた。
まことは真っ白な煙りをモクモクと力強く出して走る汽車の音と迫力のある姿を見たかった。 引き返す時に線路沿いの国道に方に出ると、駅のホームが遠くに見えた。 そのホームから汽車が出発してから目の前を通り過ぎるまでの姿を一番良く見れる時間帯があり、 その時間に間に合うようにと、あせりながら急いで配るのだが、いつも間に合わなかった。 当時、山田太郎の「朝刊太郎」という歌が流行っていた。 雨の日には、まことが傘をさしてくると、雨に濡れながらも祠の前に手を合わせて祈っていた。 背後に現れた人の気配に気がつくと、振り返って「ハッ」と驚いたあと、ニッコリと微笑んだ。 「今日は雨で、しろしかねー(大変だねー) 」と濡れながら優しい目で見つめた。 それからは、会うたびに時々ミカンをくれたり、「毎日感心やねー」声をかけてくれた。 「頑張ってね」といつも励ましてくれるようになった。 まことは何だか解らなかったが、明るくなってくれたのが嬉しかった。 T少年編 第2話 おわり |
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英霊にウス訓練場へ導かれていく |