青年は自分を「ポチ君!」と
呼ぶ不思議な子と出会うが
偽の主が現れ見失っていく

小  説 

少年編

青春編

完結編

発祥地

目 次

あらすじ

解説   表紙

小説ポチよ 泣かないで

V 完結編 第2話

巨大な犬と猿 英霊の願い
を背負う兄弟青春回想記

第1話

第2話

第3話

下に スクロール

著 ほのぼの童子/田口紀生



第 1 話
35 愛 執
36 冷酷人間
37 再 会
38 父の死
39 子 犬
40 二つの主
41 光る輪郭
42 逃避行
第 2 話
43 兄と妹
44 祖母の気配
45 闇の訪問者
46 崩れた理想
47 教義の奴隷
48 闇夜の二人
49 消えゆく宝

まことが出逢った不思議な光を放つ女性かずよが、ひろこなおこに代わるほどの価値ある光として現れた。果たしてまことに素朴な彼女の中に隠された真実の宝を見出せるのであろうか?まだ見えぬ天の壮大で深遠な仕組みが待っていた。まこと(彼女の放つ不思議な「光の正体」を何とかして知りたい…)とただ素朴に強く思った。(自由恋愛を禁止する組織からは一旦離れ、かずよと一緒に暮らしてみればそれは見えてくるかも知れない…)と内心思っていた時、(まことよ、彼女を連れてここを出なさい・・・)という内なる心の声が聞こえてきた。なおこに対する裏切りの申し訳ない気持ちや、再び離れるかすかな不安を打ち消して、待ち受けるぼんやりとした希望を抱いて新たな世界に旅立っていった。いつの日にかまことは自分の青春時代を振り返るとき、かつて暗闇の誓いで約束した待ち受けている「価値あるもの」に出会い、ハッキリとその正体を確認して回想する時がくるのだろうか?大切な「ひな型」の使命を共に果たしていく尊い相手と関わる時、どんな関係に置かれるだろうか。

     兄と妹

 かずよまことの二人だけの生活が始まった。薄汚れた古いアパートの六畳の部屋だったが、教会からの追跡を逃れて隠れるようにひっそりと住んだ。二人はまるでお互いに生き別れていた兄妹に出会ったような、たまらない喜びを感じていた。二人の関係は不思議と男女の関係はなく、どんなに求める気持ちが高まっても最後の一線だけは決して越えなかった。 かずよは、まこと「籍を入れて結婚する」と約束するまで体を固く閉ざして許さなかった。まこと「教義に反して、自分勝手に籍を汚すことは絶対出来ない…」と思っていて、それ以上の関係を強く求めようとしなかった。(たとえ教義に反して逃げたとしても、どうせ二人は一緒にはなれないんだから…)とあきらめながら、今はただ、かずよを妹のように愛して、傍にいて守ってあげられる兄の立場にあるだけで嬉しかったし、一緒に暮らすだけで充分幸せであった。

まことは脱会してしばらくは組織で覚えた経済活動の延長の印鑑販売などをやっていたが、次第に限界を感じていった。仕方なくとりあえず港町にある運送会社に勤めた。小包などの都内の配送の仕事をするようになった。だが配送の仕事はまことにとって生きがいを全く感じられない空しい仕事であった。何とか三ヶ月ほど勤めたがすっかり人間関係に悩み始めて、身も心もヘトヘトに疲れ果ててしまった。

 かずよは自分の実家に手紙を書いてお金を送って貰うように頼んだ。しばらくして、教会からの追跡の気配を感じることがあり、今度はかずよの名義で唐人町の海ぎわのアパートに移った。まことは自分が本当に一生をかけてやりたい仕事に就きたかった。「やりたい仕事が見つかるまでしばらく勉強をさせてくれないか」と頼んで、勝手に会社を辞めて家事の方に廻った。かずよは自分のせいでまことを教会を離れさせてしまい、今は空しい仕事にしか就けず、ヘトヘトに疲れてしまっていることを感じた。かずよはすごく申し訳なく思った。(あの組織にあのままいたら、こんな苦労をしなくても良かったのではないだろうか…でも、今はこの人を絶対に組織に戻させてはいけないと思う今は何も言わず今度は私が支えてあげるね)と密かに決意した。かずよ黄金の延板を電話で勧誘する営業の仕事に就いた。契約を何本か取ると、思いのほかいい手当て金が付いて大変率のいい仕事だった。二人の立場がすっかり逆転して今度はまことのほうが主婦のようになってかずよの昼の弁当を作ったり、帰宅する時間になると傘を持って迎えに行ったりした。しばらくそんな日が続いていた。まことは人生に疲れてうつ病状態になっている自分を、黙って受け入れて支えてくれるかずよの存在が頼もしく天使や観音様のように見えて不思議だった。

 その頃、母のチカまことたちが引っ越したことを心配して急に思い立って部屋を訪ねてきた。近くの大濠公園の前にあるレストランに行き昼食をしながら近況を話した。「今は彼女に支えて貰っているけど、きっとやりたい仕事に就くからね」と今の事情を正直に話して居候の身の立場を何とか言い訳をして母と別れた。 何日か経って、夕方になると今度はかずよ両親がひょっこり訪ねてきた。娘の部屋に見知らぬ男が勝手に上がりこんでは、昼間から仕事もしないでゴロゴロして遊んでいるように見える様子を見て、はなはだ機嫌を悪くして二人は帰っていった。

 それからしばらくたってまことはようやく念願の「看板見習い募集」の新聞広告を見つけてすぐ面接にいった。2、3日すると採用通知がきた。(やっと決まったよ。)まこと自分の本当にやりたい仕事に就くことができて嬉しかった。それ以上にかずよも嬉しかった。「おめでとう、よかったねー、ポチくーん」かずよははしゃいで言った。この時、かずよまことのことを「ポチくん」と呼んだ。まことポチというあだ名で呼ばれることに何だか心地のよい不思議な感覚があった。「・・・? ああ、今までごめんよ。心配かけたね」「ううん、よかったね。頑張ってね。ポチくん」「よーし、やっと自分のやりたかった好きな仕事に就けるぞ。早く仕事を覚えて一人前になるからね。」「うん!」それから、まことは浄水通りの小さな看板屋まで自転車で毎日通った。給料は安かったが看板職人を目指して見習いの仕事を夢中で覚えて、急速に筆の使い方や色んな文字に関する知識や技術を一生懸命に身につけていった。

 そんな折、まもなくかずよ父親ひろしが心配して再び部屋を訪ねて来たが、娘の部屋に見知らぬ男の気配を嗅ぎ取ってから、(質の悪いヒモに捕まり貢がされているのかも知れん…)と勘違いしてしまい、何かを固く決意をしてやってきていた。まことは一緒に暮らすようになった事情といきさつをかずよの両親に説明していたつもりだったが、話が全く伝わっていなかった。詳しく事情も聞かず、いきなり「今すぐに部屋を引き払うことにしたから!」と言い出した。帰ってきたかずよにも有無を言わさず、大声で怒鳴りつけた。強制的に「明日、娘を必ず実家に連れて帰る」と言い張り、勝手に決めてからその日は一旦引き上げていった。

翌日、まことが仕事を終えて帰ってみるとまことの洋服と荷物だけがアパートの入口に投げ出すように放置されていた。部屋のドアはカギが掛かって閉ざされていた。窓からのぞいても部屋の中は綺麗に片付けられてもう何もなくなっていた。 まことはとり残されて生活の土台の全ての物を失ってしまった。仕方なくまことは入ったばかりの会社の親方に給料を前借りした。親方の知り合いの不動産にとりあえず手近かな小さな汚い安アパートの部屋を紹介して貰った。親方に保証人になって貰い、ようやく落ち着くことができた。一人きりになったまことは、昼は看板の仕事に打ち込み、夜は遅くまで毛筆の文字書きの練習をした。腕が痛くなるまで繰り返して、淋しくなる気持ちをまぎらわして過ごしていた。
 ある日、親の監視をかわして抜け出したかずよから電話があった。新しい住所を知らせて(お互いに離れても頑張ろうね)と励まし合った。

 だが何ヶ月もしないうちにかずよは親から無理矢理に行かされていた専門学校を中断して、突然まことを訪ねて戻って来た。「あれ、かずよちゃん、どうしたの?」「ポチくーん、私やっぱり、ポチくんと一緒に居たいの…」かずよは涙を流しながら、まことの胸に泣きながらすがって来た。 彼女はまことを呼ぶ時に、いつの間にかすっかり「ポチくん、ポチくん」と呼ぶようになっていた。まことポチと呼ばれて久しぶりに不思議な心地のよい感覚を覚えていた。こうして再び二人は出会って暮らし始めることになった。

実は、かずよは一旦は、山口の実家に無理やり連れ帰されたのだが、無理やりに気の進まない医療事務の学校に行かされることになって、仕方なしにばらくは言われるまま従っていたが、鬼のような異常な言動をする母親と暮らす中で、たまらない怖い思いをして、遂に耐えられなくなってまことのもとへ逃げてきたのだった。 ----- 回想 -----   実家に連れ帰されて3ヶ月経った頃、かずよが日記を書いていた。母親のあさこはそれを見つけると奪い取って読んだ。内容を確認するとみるみる表情が変わった。「お前はまーだこんなことを考えているのか!」恐ろしい鬼のような形相で叱りつけた。その夜ベッドで寝ている時、異様な殺気を感じた。目を開けると母親のあさこがボーと立ってかずよを激しい視線で睨んでいた。「あっ!」驚いてかずよが低い声をあげた。「こら!お前!もしも福岡に戻ったらお前を殺してやるからな!」と男のような言葉使いで叫んだ。この時、隣から「もうやめんか!」かずよの兄が大声で怒鳴って母親を叱りつけた。息子に言われて「ハッ」と我に返ったのか、仕方なくすごすごとその場から立ち去った。だがかずよの心臓はバクバクと脈打ったまま眠れなかった。(このままこの家にいたら私は本当に殺される…)と恐れた。(明日、学校にいく時にそのまま密かに抜け出そう)と決意したのだった。だが、自分にこんなヒステリックで異常な母親がいることなど恥ずかしくて、とてもまことにも話せなかった。まことはこの時、かずよの家庭の生い立ちや母親を異常に怖がる原因となる、幼少からの色んないきさつを全く知らなかった。

 その頃、かずよの両親あさこひろしは、医療事務の学校に行くふりをしてそのまま姿を消してしまった娘を「鬼」のようになって捜し廻っていた。まことの職場にも度々現われては、かずよのゆくえを聞きに訪ねて来た。だがまことは、母親のことを異常に怖がるかずよの顔を思い出すと、「さあ、どこに行ったのか僕は知りませんよ」ととぼけた。かずよの母親のあさこはとぼけるまことのウソを見抜き、憎しみを込めた目で激しく睨みつけた。この時、まことは自分の親戚の叔母さんたちの顔を思い浮かべていた。(親族達の自分に向けた憎しみは、祖母ゼンや父の正喜に対する愛情の裏返しではなかったのだろうか…? 叔母さん達にとってみれば、自分の母や兄を不幸にし、犠牲にしてでも「真理の道」を求めていくまことを、「絶対に許せない親不孝者の甥っ子」と見て、激しい敵愾心を燃やし、恨みと憎しみを向けて睨んでいたのではなかったのか…?)まことは肉親や家族を必死に守ろうとする親族たちの気持ちが少し判ったような気がした。

 その日、部屋に帰って、今日のことをかずよに話した。「今日ね、会社にかずちゃんの両親が心配して捜しに来たよ。とにかく、これ以上両親に心配かけないように、早く連絡だけはした方がいいよ」「…いや!」かずよは母親の顔を急に思い出したのか大粒の涙を流していた。激しく泣きながら首を横に振って反発した。そのとき、突然引きつった顔になった。その瞬間、かずよは急に気を失って倒れて、ガタガタと激しいけいれんを起こした。かずよは激しい緊張にさらされた時、てんかんをおこして倒れ、口から白い泡を吹いた。かずちゃん!かずちゃーん!」 まことは驚き急いで口にタオルを当てて、こわばって震えるかずよ体を必死に畳に押さえつけた。失禁したかずよの体が壊れてしまって、意識がもう二度と戻らないのではないかと心配になり、思わず(神様!この子を助けて下さい…)祈っていた。 しばらくするとその発作はおさまってグッタリと静かになった。やがて虚ろだった瞳に焦点が戻り、気がつくと喉に残った泡をコホンと吐き出し、濡れた頬を手で拭いながら意識は次第に無事に元に戻っていった。「何が起きたの?」とキョトンとした顔でまことを見た。そんなことがあって以来、まことは仕事中にも一人残してきたかずよを思い出しては(今頃、どうしてるかな。部屋で一人で倒れていないだろうか…)と不安が頭によぎるのだった。(大丈夫かなあ…)

 ある日、かずよがポツリと言いだした。「ポチくん、私ドライブに行きたいの」「うーん、そうか…」そう言えばあれからずうっと部屋に閉じこもりっきりにさせていた。まことは土曜日の夜になって、姉ののぶこの家に車を借りに行った。丁度のぶこの夫がいて「夕飯を食べて行かんね」としきりに勧めてくれた。話が長引きそうに感じて「実は、彼女を近くに待たしているから」と、キーを受けとってすぐ帰ろうとした。「こんな寒空に長いあいだ女の子を待たせるなんて可哀相に…。今から彼女をここに連れて来て一度紹介しなさい!」「いや・・・、彼女とはどうせ一緒にはなれないんだから、姉ちゃんたちには逢わせない方がいいと思うから」「…まこちゃん、あんたはどうせ宗教者なんかには向いてないんだから、このまま彼女と一緒になって、宗教の道なんてもう諦めなさい!」お寺に女中奉公していたことのある姉にそう言われると、まことはもう何も言い返せなかった。キーを受け取ると、そのままかずよの待つ団地の入口に急いだ。
「遅かったねポチくん、車は借りれた?」鼻をすすりながらかずよが聞いた。「ごめんよ、すぐ戻って来る筈だったのに…」すっかり体が冷たくなったかずよを車に座らせ、暖房を入れながら、さっきの姉との話を聞かせた。かずよは動いていく景色を見ながらも(どうせ一緒になれないから…)と答えたというまことの言葉が気になって仕方がなかった。
 しばらくしてまことは、かずよの両親を安心させるために、彼女を寮付きの会社に勤めさせた。「落ち着いたら一日も早く実家の両親に連絡をしなよ」かずよは最後まで首を横に振って嫌がっていたが、自分がこれ以上、まことの負担になることが申し訳なくなり、仕方なく言われる通りにした。かずよはしばらく新しい職場で頑張っているようだった。

    祖母の気配

 ある日、まことは久しぶりに実家に帰った。玄関から仏壇の前を通り過ぎ、すぐ居間に座ってと話しこんでいた。しばらくすると、仏壇から何か物が倒れて落ちる音がした。まことは振り返って見た。「あ、お祈りするのを忘れてた…」急いで立ち上がって仏壇に歩み寄った。「久しぶりに帰って来たのに、あんたがお祈りもしないで話し込んでるから、お婆ちゃんが怒っとらすとよー」チカは笑って冗談を言った。
 まことは線香をあげ二本のロウソクにも火を灯して、手を合わせて祈った。仏壇の上にゼンの写真があった。(ごめんよ、お婆ちゃん)心の中で謝った。(まこと、よう帰ってきたね…)写真のゼンの顔が一瞬笑ったような気がした。 まことゼンの写真を見るのは久しぶりで懐かしかった。わずかの時間に昔の事を思い出していた。まことはようやく心が落ち着いて、ロウソクの火を消して居間に戻った。
 それから再びと話しの続きをしていたが、仏壇の方に何かの気配を感じてふと振り向いた。すると消した筈のロウソクに、火が点ってユラユラと息をつくように高い炎を上げて揺れていた。 祖母は霊界につながる仏壇の窓から、まことの姿が見えたのが嬉しくて、まことと会話をしたくてたまらなかったのだろうか?。 
 このロウソクの火は、燃えなかった経本の時のように、まるで真理の言葉を残そうとする、祖母ゼンの執念の炎のごとく揺れていた。

    闇の訪問者

 


ある日、誰かがまことの部屋のドアを叩いた。開けると懐かしい伝道師のなおこが薄暗い廊下に立っていた。あまりにも突然なことにまことは驚いて言葉を失った。話を聞いてみると「ある人に出会って、今井さんのゆくえを偶然知って、尋ねてやって来たの」といきさつを話した。なおこは見ず知らずの人から突然、まことの名前を聞くとは思いもしなかったという。なおこは以前から(信仰の信と書いて「まこと」と読む「信の名前」)意味を感じて気になっていた。そんなまことが一度信仰から離れてから、再びまた教会に戻って来た時(この道は嘘ではなく、やっぱり真実の道なんだ…)と確信することができた名前だった。 だが安心していたのも束の間、また再び離れてしまったので何だか信の字が遠のいたようで不安になり大変なショックを受けていた。それ以来、胸騒ぎがしてはまことのことを思い出しては、家の方に電話したり、手紙を出したりしてその後のゆくえを探していたが、何の連絡も取れず音信不通のままだった。(神様、いつか、まことさんに合わせて下さい)と何度も何度も天に祈っていた。 
 そして、こうして突然思いがけず、見知らぬ人の口から、まことの所在を偶然に聞かされることになった。万に一つの不思議な出来事に、なおこは何か見えない導きの力を感じた。色々とその人から詳しく話を聞いて、遂にまことの住む部屋を探し歩いてようやく尋ねて来たのだった。


    崩れた理想


 なおこには既に教義による婚約相手が決まっていた。その選ばれた相手はなおこが心に理想として描いていた男性とは遠くかけ離れていた。愛情を感じられない相対者の男性とやがて夫婦になり、家庭を造っていかねばなくなった自分の皮肉な運命に戸惑っていた。 確かに神の「供え物」として選ばれ、先祖の罪を清算するためと称する教義の「苦労の道」をあえて自ら選んで来たなおこだった。 しかし、いかに信仰的であっても、やはり女性としての人間的な思いを超えることは出来なかった。生理的な感覚で自分の考える男性に対する別の「完璧な理想像」を描いていた。 本音を言うと、(理想とは全く違う、自分が不幸になりそうな「原則の道」なんか捨て去って、どこかへ逃げ出したい…)という気持ちになっていた。 

だが「一点の汚点も許せない」完全主義の彼女の心は「思い込み」という呪縛にかかり、どうあがいても教義から逃れる道がなかった。これは天の決めた絶対に避けられないなおこの宿命なのだろうか…?。 長い間、耐えることばかり続けて来たせいか、いつしか苦しみを抱くことが逆に快感のようになり、絶望と不安を感じながらも、淡々とひたすら「茨の道」を歩み続けて止まらなくなってしまっていた。
 彼女は確かに今日まで、組織の命令に忠実に従って信仰的な生活をして来た。(完璧な信仰を保ち続けて来た自分には、きっとふさわしい素晴しい理想の相手を教祖さまが選んでくださるに違いない…)と固く信じて今日までひたすら戦い抜いて来たのだった。 だがその結末は、理想とは全く程遠い相手が選ばれ、たちまち未来への夢と希望を失って、今まで築いてきた信仰がガタガタとぐらつき崩れ始めていた。

    教義の奴隷

 まことなおこに婚約者の写真を見せて貰った。これと言って可も不可もない普通の男性であった。だが、二人並んで写っている彼女の表情は沈んでいて、決して嬉しそうではなかった。「この人が相対者か…」
「私、教団の婚約なんかしなければ良かったわ」「え?」「独身のままでいた方が良かったわ…」なおこ
は何だか苦しそうに話した。まるで力が抜けて戸惑っているようだった。 (相手がどんな人でも受け入れることが信仰なのだ)と信じて来た筈だったのだが、婚約相手が選ばれた瞬間、直感的に(私のタイプじゃないわ…)という思いが強く湧いたのだった。


 なおこさん、愛情を感じない人のところに、何もわざわざ本心を偽って嫁いで行く必要なんかないんじゃないの?」「でも…私たちは供え物の立場で、祝福を受けて人類始祖の原罪を償う復帰の原則だから、どんなに気が向かなくても信仰で受け入れるしかないの。拒否することなんてとても許されないわ」「・・・」彼女は、真っ暗な闇につき落とされながらも、教団の示す教義の道を何とか守ろうと、一点の汚れも無い信仰者になるための最後の激しい「心の戦い」をしていた。 まことは、原則の道をゆく完全主義の彼女の性格と決意を知って、もうそれ以上何も言えなくなった。 ただ、教義の厳しさだけををひしひしと感じるばかりだった。(果して…自分もなおこのような立場に立たされた時に、全てを捨てて供え物の気持ちになれるだろうか…。到底こんなに辛い試練にはとても乗り越えられないだろうな…。でも人間としての幸せになる道とは何かが違うような気がする…)心の底で色んな気持ちが湧いて複雑にからんでいた。まこと(何とかしてなおこを暗闇の苦しみから救い出して助けてあげたい…)と思ったが、どうすることも出来なかった。なおこは憂いを漂わせたまま帰っていった。

次の土曜日、再びなおこが夜遅くになって訪ねてきた。「こんばんは」「あ、どうぞ」部屋に入ると畳の上に静かに座った。「こんなに遅い時間に御免なさいね」「え、いえ」「今日は私ね…今井さんと色々とお話をしたいことがたくさんあるの」「えー…そうですか」なおこは土曜のこんな夜遅くにやってきて、夜が明けるまで色々と話をする覚悟で来たらしい。(明日はまことも日曜で休みだろう・・・)と考え、夜通しでなおこは自分のこれから進む道についてまことに相談してみたかった。しかしこの日はかずよもやってくるかも知れなかった。まことはまだ、一緒に教団を離れたかずよとのことを何も話していなかった。何ごとも無いようになおこの話を聞いていた。なおこもまたまことはどうやら一人で暮らしていると思い込んでいた。なおこは落ち着いてきたのか、安心して大切な話をし始めたその時、ドアをたたく音がした。「ポチくん、いる?」(ああ、やっぱりきたか…)仕方なくまことはドアから顔を出したかずよなおこに紹介した。「あ、紹介します。あのー彼女は僕と一緒に協会を離れたかずよさんです」なおこかずよをチラリと見たが、すぐ視線を戻して固まった。(この女がまことさんを誘惑して離れさせたのね…それにしてもこれから大切な話を夜通しでしようとするところなのに…ひょっとしたら彼女も…)まことを誘惑して離れさせた女性が急に現れたのもショックだったし、大切な相談をする矢先に話を中断されたことがそれ以上に悔しくかった。一瞬厳しい顔になったまま戸惑っていた。「・・・」「かずちゃん、こちらは僕の伝道の親のなおこさんだよ」「ああー、こんにちはー」かずよはニッコリ笑って頭を下げて挨拶した。だがなおこは体が固まったまま何も答えられなかった。「・・・」沈黙の息苦しい時間がしばらくあった。かずよは今、まことの部屋に入ることが出来ない雰囲気を感じた。「ポチくん、私は帰るね。じゃあ…」とニッコリ笑ってドアを閉めた。「すみません、ちょっと彼女を送ってきますね」 「ええ、」 まことなおこに謝ってかずよを追いかけた。アパートの前で呼び止めて、「彼女が帰るまで、近くの喫茶店でちょっと待っていてくれ」と頼んだ。折角久しぶりに訪ねて来てくれたのに、このまま夜遅く寮に帰すのは可哀相に思ったのだった。

 再び戻ってなおこの話をしばらく聞いていると、1時間後にかずよがまた戻って来てドアの外から声をかけた。「ポチくーん」「ん、どうした」(大切な話をしているのに…)「すみません、ちょっと」部屋を出て廊下でかずよの話を聞いた。「喫茶店が閉まっちゃったの…」閉店の時間がきて、店にいられなくなって戻ってきたと言う。「なんだ、もう閉まったのか…困ったなー」寒空のアパートの前であれこれ問答して困っている二人の様子が気になり、自分の話をゆっくり聞くことが出来ないまことの立場であることを悟った。始めは「大切な話をしたい」と言った自分のためにまことが部屋にきた彼女を帰して安全な所まで送っていったのだとなおこは思いこんでいた。まことのそんな優しい思いやりの心が嬉しくなって、戻ってきたらゆっくりと夜通しで話そうと思って期待していたのだった。ところが実際には(どこかの喫茶店に彼女に待つように言っていたらしい)という事実が見えてきた。(やっぱり…今日は彼女を泊めて明日の休みまで一緒に過ごす気なんだわ…)自分よりも彼女を選んだまことに何だか裏切られたようで、少し腹立たしい寂しい気持ちになった。なおこは、しばらくすると遂に諦めて部屋から出てきた。「今井さん、私、今日は帰りますから…」なおこは気を効かせて二人を残して淋しく帰っていった。まことは大切な話を聞いてあげられなかったこの日のことを申し訳なく思った。事実、この日の夜に起こったすれ違いが二人の将来の明暗を決定的に分けることになっていくのだった。

    闇夜の二人
 
 それから何週間が経ってなおこから電話があった。家庭を持つための修練期間と称する、経済の目標額がようやく達成したのか「今からちょっと逢いませんか」と言って来た。 まことはすぐバスに乗り、宿舎に訪ねて行った。なおこまことをレストランに誘った。食事を終えようとする時なおこが言った。「これから西公園の聖地に祈りに行きませんか?」「ええ、」二人は車を借りて西公園の聖地に向かった。 助手席の彼女はひどく疲れていて、ウトウトと眠りかけていた。 隣の席に彼女の息づかいが伝わって来た時、まことは無性に(抱きしめたい…)という衝動が湧いて押さえ切れなくなっていた。「なおこさん、眠らないでね」「あ、ええ…」 

やがて二人は闇夜の聖地の大木の前に着いた。ふとなおこを見た時、まことは切なくなる程の悲しい姿を見た。 祈りの人だったなおこが、一声も祈れなくなっていた。逆に流暢で何とか祈れるようになったまことの祈りの声を目を閉じたまま、苦しそうな表情で聞いていた。(なおこさんは本当にただ祈るだけの為に暗闇の公園に誘って来たのだろうか…?)
 まことは彼女の肩が触るくらいに擦り寄った。(抱きしめたい…)強い衝動にかられた。だが、それ以上に強い金縛りの力がまことを襲って、身動きが取れなくなった。(なおこさんがもし胸にすがってきたなら、しっかり抱きしめてあげよう…)厳しい霊的な戦いをしてきたなおこの毅然たるイメージが浮かんで、自分からは不埒なことなど、とても出来なかった。 切ない思いと未練の闇夜の中に、二人はお互いに、肩と肩が触れるほど近くに居ながら、見えない宿命の壁に自由を奪われていた。掻きむしるほど胸を痛めながらも、何の展開も無く虚しい沈黙の時間だけが流れて過ぎていった。気がつくと夜が明け始め、雀たちがチチ…と鳴き始めた。

    消えゆく宝

 その日以来、まことなおこのことばかり考えて頭から離れなくなった。かずよが遊びに来る度に、なおこの話ばかりするようになった。かずよは次第にまことの心が自分から離れていく寂しさと不安を感じた。あの時見たなおこの美しい姿や横顔を思い出しては、激しく嫉妬の炎を燃やした。(もう私にはポチの心を捉える力はないんだわ…)かずよは急に自信が無くなった。以前、車を借りに行ったとき、「どうせ二人は一緒にはなれないんだ…」と言ったまことの言葉を再び思い出しては、尚更諦めとあせりが強く襲って来るのだった。


 しばらく来なかったかずよが久しぶりに現われた。「私ね、ある人から求婚されてるの」「え?」「ポチくん、お願いがあるの…」「何?」「あのね、籍を入れて欲しいの… 駄目?」「・・・」「このままだったら、私負けてしまいそうなの、お願いだから私と結婚すると一言でいいから約束してほしいの…」かずよは、何度も何度も涙を流しては頼み続けた。だがまことは絶対に「うん」とは言わなかった。 籍など入れなくても、かずよとはいつまでも「兄と妹」のままでいたかった。これはまことのわがままだったのだろうか?。
 かずよは、すっかりなおこに心を奪われてしまったまことが、自分を置き去りにしたまま再び教会に戻っていくような、心細い不安に襲われていた。かずよは執拗にまこととの確かな結婚するという約束の言葉を欲しがった。 かずちゃん、そんなにあせるなよ。ちゃんと先のことは考えてるから…」と言い訳した。だがかずよは目を真っ赤に泣きはらしながら、更に結婚するという約束の言葉を必死に何度も求め続けた。「お願い!、お願いだから、ポチくん、結婚すると約束してー!」「ダメだ!」「・・・」どんなに頼みこんでもつれない返事に、かずよは終に怒りをこめて、激しく悲しい目でまことを強く睨んでいた。
 その日を最後にかずよまことの処には二度と来なくなった。 まことが迷ってばかりいる間にかずよは他の人と結婚する決意をしていた。

 二ヶ月、三ヶ月と過ぎたが、かずよはもう、まことのもとには来ることは無かった。まことは突然、激しい胸騒ぎを感じてかずよの会社に逢いに行った。 仕事が終わったかずよを喫茶店に呼び出した。まことが何を聞いてもかずよは悲しそうな顔でうつむいて黙っていた。だが突然、涙ぐみながら思い切るように話した。「ポチ君、私ね、好きな人が出来て、結婚する事に決めてしまったの。ごめんね、ポチ君…もうこれが最後よ。さようなら。」かずよは涙を流しながら振り切るようにして、席を立ち去った。

 まことは一人取り残され、やっと何かを思い出していた。あの日、まことに泣きついて何度も何度もしつこく「籍を入れて欲しいの」と激しく泣いていた意味がようやく判ってかずよの気持ちに気がついたのだった。 まことはどんなことがあっても、かずよがいつまでも自分の傍にいてついてきてくれると安心しきっていた。
 いつの日だったか「ポチ君、ハーイ!」と手を上げて、思いっきり目をつぶってふざけた、ありし日の彼女の奇妙な仕草を思い出していた。その姿が何とも言えないほどたまらなく可愛いらしくて仕方がなかった。
 幼い頃、まこと「妹が欲しい」に頼んだ事があったが、かずよ出逢った時(その願いが叶った…)と深く感謝したのだった。
 取り残されたまことは、わずかの時間に色んな事を思い出していた。

 まことは、闇に消えて行ったかずよの後ろ姿を追った。 だがかずよの決意が堅いのを感じ取った時、(仕方がない…。でもいいのか?かずちゃん!もう傍にいて何もしてあげられなくなるよ)まるで妹を嫁がせる兄の気持ちのように(もう決めてしまったのか…、じゃあ幸せになれよ…)と密かに祈りながら見送った。
 (これが俺の宿命だ。離れた無くした愛はもう探さない、さようならかずちゃん…)まことは悲しく沈んだ顔を人に見られるのが恥ずかしくてバスに乗らずに、暗い夜の歩道をトボトボと歩きながら帰っていった。


小説ポチよ 泣かないでV 完結編 第2話おわり

あとがき

まことの課題は伯母のシマと出会うことから、親族一同の課題へと新たな高い次元となっていく。
まことの抱く英霊のポチの課題@と、伯母シマが残した自叙伝から導きだした家訓Aテーマへと…
放浪し彷徨いながら辿り着いた先は、伯母
シマや母チカの実家の祖父甚七暗黒の歴史であった。
まこと伯母シマの抱く共通の人生課題は、歴史的封印を解く新たな「光への旅」へとなっていく。

第1話

第2話

第3話
つづく

大なを背負う青春の回想記
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小説 ポチよ 泣かないで

第三章 完結編 

悲願ウスキネ変身
青年を訓練を生み出す
灰へ
神饌として導く天界協助

苦悩の青年は暗闇に誓う 英霊と共ウスの中へ導かれていく

 英霊の悲願は戦後世代を導き、
閃きの宝を出させるウスの訓練
に導く役割の天界協助であった。

後編予告 
全ての道は、なぞときに必要な通過すべき悲しい路程であった

上に スクロール

 
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